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吉田松陰門下の双璧で、藩論を尊王攘夷にした人物

久坂玄瑞誕生地

くさかげんずいたんじょうち

高杉晋作とともに“松下村塾の双璧”と称されていた幕末の志士・久坂玄瑞の旧宅跡。
久坂玄瑞は、天保11年(1840)、萩藩医・久坂良迪(りょうてき)の三男として平安古に生まれました。17歳のときに高杉晋作らと共に松下村塾で学び、のちに藩校明倫館に学びます。
吉田松陰から「防長年少第一流の才気ある男」と絶賛された玄瑞は、18歳のときに松陰の妹・文(ふみ)と結婚しました。
長井雅楽の提唱した航海遠略策に反対し、藩論を尊攘討幕に一変。英国公使館焼き打ちや下関の外国船砲撃に参加しました。元治元(1864)年の禁門の変(蛤御門の変)で、幕府方諸軍と戦い、流弾を受け負傷。享年25歳という若さで自刃しました。 
現在は、長州に亡命した尊王攘夷派公卿の1人、三条実美が詠んだ追悼の和歌を刻んだ石碑が建てられています。

中央公園の一角に、平成27年1月 久坂玄瑞進撃像が建立されました。

 

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