トップ>2015年大河ドラマは「花燃ゆ」

平成27年の大河ドラマは、吉田松陰の妹・文(ふみ)の生涯を描く「花燃ゆ」 ~明治維新のまっただ中を生き抜いた女性がいた~幕末の思想家・吉田松陰の妹 文(ふみ)。久坂玄瑞の妻となり、激動の長州藩の運命に翻弄されながらも、新しい時代へと、松陰の志を引き継いでいった。 大河ドラマ「花燃ゆ」公式サイト(NHK)

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杉家家系図

ヒロイン・文(ふみ)

文は、維新の先覚者・吉田松陰 の妹で、杉家の7人兄妹の四女として生まれました。兄・松陰は、叔父である吉田家の養子となっていましたが、養父の吉田大助が死去したため、6歳にして吉田家の家督を継ぎました。のちに兵学師範として藩校明倫館で兵学を教えました。

杉家のすぐそばには、兄・松陰の主宰する松下村塾があり、高杉晋作、久坂玄瑞、伊藤博文ら多くの若者たちが松陰のもとで学びました。文は尊敬する兄を慕って集う若者たちに可愛がられ、交流を深めます。

そして、文は松下村塾の双璧であり、松陰から「防長年少第一流」と絶賛された門下生の久坂玄瑞 と結婚します。しかし、尊皇攘夷に奔走する玄瑞は、元治元年(1864) 禁門の変で自決。夫を失った文は、毛利家に仕え、跡継ぎである元昭(もとあきら)の守役に抜擢されます。そして幕末の動乱を乗り越え、久坂家を残そうと奮闘します。

その後、美和子と名を変え、亡き姉・寿の夫であった群馬県令・楫取素彦 の妻となります。群馬の産業・教育の近代化に寄与した楫取は男爵となり、美和子は華族の妻として生きていきます。

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文(ふみ)ゆかりの人々

文(ふみ)の兄:吉田松陰 (よしだしょういん)|維新の先覚者。幕末動乱の時代に生を受け、「至誠」を貫き通しました。松下村塾を主宰、明治維新の原動力となった若者たちを育てました。文(ふみ)の夫:久坂玄瑞 (くさかげんずい)|藩医の家に生まれ、松下村塾に入門。のちに薩摩・土佐・水戸の同志と尊王攘夷運動を推進するも、禁門の変で自刃。高杉晋作と並ぶ“松下村塾の双璧”。文(ふみ)の夫:楫取素彦 (かとりもとひこ)  |松陰の死後、松下村塾を託される。藩主毛利敬親に信頼され懐刀として重用される。のちに群馬県令となり、教育、産業の振興に尽力した。松下村塾の塾生たち:高杉晋作、吉田稔麿、入江九一、伊藤博文、山県有朋、山田顕義、野村靖、品川弥二郎、前原一誠など(維新の志士をはじめ、政治・軍事、教育・文化、産業・経済などの各分野で活躍した萩出身の偉人103人をご紹介しています) 萩の人物データベース

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関連スポット

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イメージ松陰神社(しょういんじんじゃ)

吉田松陰を祀って創建された神社。境内には松下村塾、吉田松陰幽囚ノ旧宅(杉家旧宅)など松陰ゆかりの地が点在し、歴史館、至誠館があります。

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イメージ松下村塾(しょうかそんじゅく)

幕末期に松陰が主宰した私塾。ここでは久坂玄瑞、高杉晋作、伊藤博文など幕末に活躍した志士たちが学び、彼らと文は交流を深めました。

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イメージ吉田松陰幽囚ノ旧宅

松陰の実家 杉家旧宅。松陰、文もここで過ごしました。松陰は海外密航に失敗し野山獄に投獄された後、この一室で謹慎生活を送りました。

松陰神社境内にある関連スポット

吉田松陰歴史館

短くも激しい吉田松陰の生涯を、松陰の家族やゆかりの人々など70余体の等身大の蝋人形で再現しています。

松陰神社宝物殿 至誠館

松陰の生涯やゆかりの地を紹介。松陰の遺墨や遺品類など貴重な宝物を展示し、その思いを現代へ伝えています。

薩長土連合密議之處

土佐藩の坂本龍馬が久坂玄瑞をたずねて萩へ訪れた際に、薩摩藩の田上藤七らと集い、薩長土の三藩が日本の将来を語り合った場所。

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イメージ吉田松陰誕生地

萩城下を一望できる「団子岩」と呼ばれる高台にあり、松陰、文はこの地で生まれました。現在は間取りを示す敷石や産湯の井戸が残っています。

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イメージ吉田松陰の墓及び墓所

松陰誕生地に隣接する墓所。松陰の墓と並んで、吉田家や杉家、久坂玄瑞、高杉晋作など松陰ゆかりの方々の墓があります。

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イメージ玉木文之進旧宅

松陰の叔父であり、松下村塾の創始者。この地がまさに「松下村塾発祥之地」であり、のちに久保五郎左衛門・吉田松陰へと受け継がれます。

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イメージ久坂玄瑞誕生地

松陰門下の双璧として活躍した久坂玄瑞の旧宅跡。松陰の妹・文と結婚しましたが、禁門の変で敗れ25歳で自刃。現在は石碑が建てられています。

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イメージ楫取素彦旧宅跡

松陰の妹・寿の夫で、のちに初代群馬県令となった楫取素彦の旧宅跡。寿亡き後、文と再婚し、晩年は防府で過ごしました。

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イメージ高杉晋作誕生地

久坂玄瑞とならび松陰門下の双璧と称された、幕末の風雲児・高杉晋作の誕生地。敷地内にはゆかりの品や東行と号した句碑・産湯の井戸などがあります。

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イメージ旧萩藩校明倫館

松陰は叔父から藩の兵学師範を受け継ぎ、明倫館で兵学の講義を行いました。文の夫となる楫取素彦もここで教授し、のちに松下村塾でも指導に当たりました。

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イメージ野山獄跡

安政元年(1854)、海外渡航に失敗した松陰は、江戸伝馬町獄から萩の野山獄へと投じられました。ここでも松陰は書を読み、講義をしたといわれています。

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イメージ泉福寺

吉田家の菩提寺。ここには松陰直筆の書や位牌が安置されています。本堂には家系図があり、文の写真が飾られています。

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